ファン・マヌエル・ファンジオ 生誕105周年

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Googleロゴ

2016年6月24日

この日、「アイルランド」、「アルゼンチン」、「ロシア」、「クロアチア」、「セルビア」、「ブルガリア」、「ギリシャ」、「フィンランド」、「インドネシア」、「大韓民国」、「日本」等でGoogle検索のロゴが以下のものに変更されています。

105º Aniversario del nacimiento de Juan Manuel Fangio

ファン マヌエル ファンジオ 生誕 105周年

ロゴ大

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ロゴ小

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表示された国

この日、「Google」のロゴが変更された国は以下の画像の通りです。

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アイルランド、アルゼンチン、ロシア、クロアチア、セルビア、ブルガリア、ギリシャ、フィンランド、インドネシア、大韓民国、日本 等

「ファン・マヌエル・ファンジオ」さんって??

Juan Manuel Fangio Déramo:ファン・マヌエル・ファンジオ・デラモ

アルゼンチンのレーシングドライバーです。

世界最高峰の自動車レース「F1」において5回のワールドチャンピオンに輝いている名ドライバーです。

「1911年6月24日」に生まれて、1995年7月17日に逝去されています。

そのため、生誕105周年になります。

11歳の時よりメカニックの仕事に就き、レースにも参戦するようになりました。

まずは母国のアルゼンチンで1940年、1941年と国内選手権を制します。

その後、政府の後押しもあり、1974年よりヨーロッパの自動車レースにも進出。

1950年に「F1(Formula One)世界選手権」が始まると初年度から参戦。

1950年〜1958年までの参戦で、5回のワールドチャンピオンに輝きました。

「1951年」、「1954年〜1957年」の計5回。

所属チームは以下の通り。

・1950 – 1951:アルファロメオ
・1953 – 1954:マセラティ
・1954 – 1955:メルセデス
・1956:フェラーリ
・1957 – 1958:マセラティ

1952年は怪我のため未参戦。

参戦51戦中、24勝をし、勝率47.1%という脅威の記録を残しています。

後に「ファンジオ」の5回のチャンピオン記録を抜く「ミハエル・シューマッハ(チャンピオン7回)」は参戦306戦中、91勝の29.7%ということから見ても、驚異的な勝率だったということが伺えます。

アルゼンチンでは、英雄とされており、死の際には国葬が行われました。

彼の軌跡は「Fangio」(邦題:グレート・ドライバー):1979年 イタリア映画 として映画化もされています。

ロゴデザイン

F1黎明期のマシンと「ファン マヌエル ファンジオ」さんがデザインされています。

「Google」の文字も見受けられます。

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ヘルメットにゴーグルというスタイルも当時を彷彿とさせます。

ロゴ表記されている主な各国のGoogle検索サイト

 アルゼンチンのGoogleサイト:Juan Manuel Fangio
 → https://www.google.com.ar

 ロシアのGoogleサイト:Хуан Мануэль Фанхио
 → https://www.google.ru

 セルビアのGoogleサイト:Хуана Мануела Фанђо
 → https://www.google.rs

 インドネシアのGoogleサイト:Juan Manuel Fangio
 → https://www.google.co.id

 日本のGoogleサイト:ファン マヌエル ファンジオ
 → https://www.google.co.jp

表示されるGoogleロゴのクリックで検索される言葉は「ファン・マヌエル・ファンジオ」です。

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コメント

  1. 重松寛 より:

    世界❗平和❗