2015年11月11日
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アンゴラ
独立記念日の由来
アンゴラは「1975年11月11日」にポルトガルから独立しています。
15世紀後半にポルトガル人がコンゴ川河口に到着すると、それ以降、ポルトガルによる植民地化が進んでいきます。
16世紀以降は各地への奴隷供給地となります。
その間、ポルトガルの支配に対して、抵抗を繰り返しましたが、ポルトガルの支配から脱却することはできませんでした。
第二次世界大戦後、アフリカ各地では独立の気運が高まります。
1951年、ポルトガルの首相「アントニオ・サラザール」さん(エスタド・ノヴォと呼ばれる独裁政権)は、この気運を避けるために、「植民地」ではなく、「海外州」という呼び名にします。
形式上本国ポルトガルと同等の立場であるとされ、多数のポルトガル人の入植を奨励していきます。
ですが、高まる独立の機運が収まることはありませんでした。
そして1961年「アンゴラ独立戦争」が始まります。
独立戦争は長期化します。
1974年になると「ポルトガル」本国で異変が発生します。
第二次世界大戦後から続く植民地との独立戦争が財政を圧迫し「ポルトガル」の経済状況が悪化してしまったことを受けて、軍事クーデターが発生します。(カーネーション革命)
アンゴラだけでなくモザンビークとも独立戦争を行っていました。
この革命により、1933年から続いていた「エスタド・ノヴォ」と呼ばれる「ポルトガル」の独裁政権は終わりを迎えます。
この革命がきっかけになり、1975年11月11日にモザンビークは「アンゴラ人民共和国」として独立を宣言します。
ロゴデザイン
国旗のカラーの黒はアフリカ大陸、赤は独立運動中に流されたアンゴラ人の血を表しているそうです。
星のついた歯車とナタは、労働者を象徴しているそうです。
アンゴラのGoogleサイト「Dia da Independência de Angola」
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