マックス ボルン 生誕135周年

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2017年12月11日

135. Geburtstag von Max Born

Max Born’s 135th Birthday

量子力學開創者之一 – 德國物理學家 Max Born 135歲誕辰

マックス ボルン 生誕 135周年

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「ドイツ」をはじめとして、いくつかの国で表示されています。

「マックス・ボルン」さんって??

Max Born:マックス・ボルン

ドイツ生まれの物理学者です。

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初期の「量子力学」を代表する研究者の一人です。

「1882年12月11日」に生まれて、「1970年1月5日」に逝去されています。

そのため、生誕135周年となります。

ドイツ帝国時代の現在のポーランド領にユダヤ系の家庭の子として生まれます。

1904年にゲッティンゲン大学へ入学。

当時、世界を代表する3人のドイツ人数学者(以下の3人)が在籍しており、指導者にも恵まれました。

・Felix Klein:フェリックス・クライン
・David Hilbert:ダフィット・ヒルベルト
・Hermann Minkowski:ヘルマン・ミンコフスキー

在学中は、1905年に特殊相対性理論を「アインシュタイン」さんが発表したことを受け、「ヘルマン・ミンコフスキー」さんと共に「特殊相対性理論」の研究を行いました。

ところが、研究を始めてすぐに「ヘルマン・ミンコフスキー」さんは、他界。

その後は、デンマークの「ニールス・ボーア」さんの影響を受け、「量子力学」を研究するようになりました。

第一次世界大戦時は召集され、音を研究する部署に配置されました。

戦後、ベルリン大学、フランクフルト大学を経て、母校のゲッティンゲン大学の教授となりました。

その頃、ゲッティンゲン大学には、後にアメリカの「原子爆弾開発プロジェクト」の中心を担う「ロバート・オッペンハイマー」さんも在籍していました。

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2人で共同して研究を行い、「ボルン–オッペンハイマー近似」を発表しています。

1930年半ばになると、ドイツではナチスが台頭してきます。

ナチスのユダヤ人迫害により、ユダヤ系の彼も、教授を解雇されてしまいました。

そこで、イギリスへ亡命し、ケンブリッジ大学や、エディンバラ大学で研究を続けました。

イギリスでの教え子に、アメリカの原子爆弾開発に貢献した「クラウス・フックス」さんがいます。

第二次世界大戦後、70歳を迎えるまでイギリスで研究を行い、退職を迎えた1953年に一線から退く形でドイツに帰国。

その後の、1954年には「量子力学に関する基礎研究、特に波動関数の確率解釈」により、ノーベル物理学賞を受賞しました。

その後、晩年にいたるまで、研究を続けました。

「特殊相対性理論」の「アインシュタイン」とも親交があり、核兵器廃絶・科学技術の平和利用を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」にも名を連ねています。

ロゴデザイン

研究を行う「マックス・ボルン」さんが描かれています。

▼ ドイツのGoogleサイト:Max Born
 → https://www.google.de

▼ アメリカのGoogleサイト:Max Born
 → https://www.google.com

▼ 台湾のGoogleサイト:Max Born
 → https://www.google.com.tw

▼ 日本のGoogleサイト:マックス ボルン
 → https://www.google.co.jp

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