2018年7月21日
Gelukkige Nationale Feestdag 2018
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表示された国
ベルギー
建国記念日
Nationale Feestdag:建国記念日
「7月21日」はベルギーの建国記念日です。
「1831年7月21日」に「レオポルド1世」が初代国王に即位した日に由来しています。
19世紀初頭のナポレオン戦争の後、1815年の「ウィーン議定書」によって戦勝国の領土配分が行われ「ネーデルラント連合王国」が成立しました。
現在で言うと、「オランダ」と「ベルギー」と「ルクセンブルク」に相当する地域です。
初代国王はオランダ人の「ウィレム1世」
ところが、「ネーデルラント連合王国」の実権はオランダ人が握っていて、ベルギー人は肩身が狭い思いをしていました。
それに加えて、同じキリスト教でも、オランダ人は、主に「プロテスタント」、ベルギー人は、主に「カトリック」と宗教観の違いもありました。
オランダ人が実権を握っていたので、「プロテスタント」の国家であり、ベルギー人は「カトリック」の国家の設立を望みました。
そんな背景から、1830年に「ベルギー」は「ネーデルラント連合王国」の「ウィレム1世」の支配に対して独立革命を起こし、同年に独立を宣言します。
独立宣言は「1830年10月4日」に行われています。
そして、翌年の「1831年7月21日」にドイツの領邦君主のザクセン=コーブルク=ゴータ家から「レオポルド1世」を初代国王として迎えます。
この行為に対して、「オランダ」側は当初、独立を認めていませんでしたが、1839年、オランダとベルギーとの間に平和条約が結ばれます。(ロンドン条約)
その内容は、オランダはベルギーの独立を認める見返りとして、「ベルギーは永世中立国の宣言をせよ」というものでした。
この条約に基づき、中立政策を取っていましたが、第1次世界大戦、第2次世界大戦時には、その政策を無視したドイツによって占領されてしまいます。
こういった経緯から、1949年以降、ベルギーは中立主義を放棄し、北大西洋条約機構に加盟し、集団安全保障体制を構築しています。
現在、首都ブリュッセルは欧州委員会などの欧州連合の主要な機関が置かれており、欧州連合の中心地としての役目を果たしています。
これにはベルギー出身の「ポール・アンリ・スパーク」さん(「ベルギー王国首相」や「初代 国際連合総会議長」等を務めています)が大きく関わっています。
欧州連合を組織するにあたり、多大な尽力を果たした方で、「欧州連合創立の父」の一人にも挙げられています。
ロゴデザイン
ベルギーの国旗カラーがベースになったデザインで、「ワッフル」が描かれています。
ベルギー国旗
▼ ベルギーのGoogleサイト:Belgische Nationale Feestdag
→ https://www.google.be
→→→ 他の国のロゴを表示させる方法
過去にもベルギーの「建国記念日」のロゴが表示されました。
▼ 2017年 ベルギー建国記念日 (2017年7月21日)
▼ 2016年 ベルギー建国記念日 (2016年7月21日)
▼ 2015年 ベルギー建国記念日 (2015年7月21日)