シルヴィア・プラス 生誕87周年

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2019年10月27日

Sylvia Plath’s 87th Birthday

87 лет со дня рождения Сильвии Плат

シルヴィア・プラス 生誕87周年

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「アメリカ」をはじめとして、いくつかの国で表示されています。

「シルヴィア・プラス」さんって??

Sylvia Plath:シルヴィア・プラス

アメリカ合衆国の出身の詩人です。

「Confessionalism:告白主義」を代表する詩人で、生への幻滅、絶望などを綴った暗い作品で知られています。

「1932年10月27日」に生まれて、「1963年2月11日」に逝去されています。

そのため、生誕87周年になります。

ボストンで、ドイツ人の父と、オーストリアからの移民2世の母親の元に生まれます。

父親は大学の生物学の教授でしたが、彼女が8歳の時に死亡します。

父親は糖尿病を患っていましたが、自己診断で肺がんと思い込んでおり、医師の治療を拒否したことで対応が遅れ、死に繋がりました。

一家の生活は、一気に厳しくなりました。

この父親の死は、幼い彼女には、家族を見捨てる自殺的な行為と感じました。

自身も父親に見捨てられたと感じ、後の彼女の作品に影響していくことになります。

その後、母親が教師として働きながら、なんとか家計を支え、彼女は中学、高校と進学します。

父親の死の前後から詩作を始めており、その詩は、「ボストン・ヘラルド」などにも取り上げられました。

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学校の成績は優秀であり、奨学金を受け、1950年に、スミス大学へと進学。

大学での成績も優秀で、校内新聞の「Smith Review:スミス・レヴュー」編集員としても活躍。

1952年、「マドモアゼル」誌の懸賞小説に応募、「Sunday at the Mintons:ミントン家での日曜日」が評価され、翌年には「マドモアゼル」誌の客員編集員の一人に選ばれました。

学生として、また、作家として順風満帆でしたが、この年、ハーバード大学の短編小説の夏期講習に申し込みを行なったところ、受講を拒否されてしまいます。

このことがきっかけなのか、彼女は自信を喪失してしまいます。

精神的に不安定となり、睡眠薬を大量に飲んで自殺を図ります。

幸い死には至らず、1954年に大学へ復学。

1955年にスミス大学を卒業し、奨学金を得てイギリスへと留学。

ケンブリッジ大学ニューナム校で学ぶこととなります。

そこで、イギリス人で、彼女と同じく詩作をしていた「テッド・ヒューズ」さんと出会います。

2人は意気投合し、4ヶ月後に結婚。

2年間のイギリス留学を終えると、夫と共にアメリカのマサチューセッツ州西部へと移住。

彼女は母校の「スミス大学」、夫は「アマースト大学」で教師として働き始めます。

ところが、大学教師と自分の詩作活動の両立は時間的に厳しく、すぐに退職。

病院の事務員として働きながら詩作を続けることにしました。

1959年末にイギリスへと移住。そこで、子供も生まれます。

この頃から夫の「テッド・ヒューズ」さんは、詩人の「アーシャ・ウィーヴィル」さんと浮気をするようになります。

元々、精神的に不安定なところのあった彼女ですが、この頃から更に酷くなり、何度も自殺を試むようになります。

そして、ついに「1963年2月11日」、ガスオーブンを用いた一酸化炭素中毒にて死亡しているのが確認されました。

彼女が自殺した時、「アーシャ・ウィーヴィル」さんは妊娠をしていたそうです。(彼女も、後に自殺をします。)

彼女の詩作の多くが、「生への幻滅、絶望などを綴った暗い作品」です。

詩のスタイルは、「私」を主体とした、個人的な経験、精神状況、トラウマのに焦点を当てています。

これは、幼少の頃の父の死から続く、彼女の精神的な不安定が一因だとされています。

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現在では、1950〜1960年代の「Confessionalism:告白主義」を代表する詩人の一人とされています。

特に、何度も自殺を試みた晩年に多くの作品を残しています。

生前、多くの詩作を残しましたが、その作品が大きく評価されるのは、死後のことです。

1981年に出版された詩集「Collected Poems」で、1982年にピューリッツァー賞を死後受賞しました。

2003年には、イギリスで、彼女の半生を描いた映画「シルヴィア:Sylvia」が制作されました。

関連する過去のロゴ

アルゼンチンを代表するモダニズムの女性詩人「アルフォンシーナ・ストルニ」さんも過去にロゴとして取り上げられました。

彼女も、「未婚の母」ということでの世間の風当たり、生活苦、病、などを体験し、最期には自殺した方です。

▼ アルフォンシーナ ストルニ 生誕126周年 (2018年5月29日)

よろしければ、合わせてご確認ください。

ロゴデザイン

彼女の詩「Spinster」がモチーフになっています。

「Spinster」とは、軽蔑的な意味で、「結婚できそうにないオールドミス」という意味があり、その心情を綴った詩です。

以下に文を記載しておきます。

Spinster

Now this particular girl
During a ceremonious April walk
With her latest suitor
Found herself, of a sudden, intolerably struck
By the birds irregular babel
And the leaves’ litter.

By this tumult afflicted, she
Observed her lover’s gestures unbalance the air,
Her gait stray uneven
Through a rank wilderness of fern and flower.
She judged petals in disarray,
The whole season, sloven.

How she longed for winter then! —
Scrupulously austere in its order
Of white and black
Ice and rock, each sentiment in border,
And heart’s frosty discipline
Exact as a snowflake.

But here — a burgeoning
Unruly enough to pitch her five queenly wits
Into vulgar motley —
A treason not to be borne. Let idiots
Reel giddy in bedlam spring:
She withdrew neatly.

And round her house she set
Such a barricade of barb and check
Against mutinous weather
As no mere insurgent man could hope to break
With curse, fist, threat
Or love, either.

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