2019年 アラブ首長国連邦建国記念日

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2019年12月2日

اليوم الوطني لدولة الإمارات العربية المتحدة

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表示された国

アラブ首長国連邦

統一記念日

اليوم الوطني:国家の日

「アラブ首長国連邦」(略称UAE:United Arab Emirates)の建国記念日は「12月2日」です。

「アラブ首長国連邦」は7つの首長国からなる連邦国家です。

2019年 アラブ首長国連邦建国記念日 photo 1

「1971年12月2日」に「アブダビ」、「ドバイ」、「シャールジャ」、「アジュマーン」、「ウンム・アル=カイワイン」、「フジャイラ」の各首長国が集合して、連邦を建国したことに由来します。

アラブ首長国連邦の首都は「ドバイ」ではなく、「アブダビ」です。

現在の「アラブ首長国連邦」の地域は、オスマン帝国の支配下になったり、ポルトガルの支配下に入ったりと支配者がころころと変わっていました。

18世紀から19世紀にかけては、ペルシア湾を航行するヨーロッパ船団に対立する「アラブ海賊」の拠点地域として知られるようになります。

当時のイギリスは「東インド会社」を展開しており、インドへの航路の安定した海上航路の確保は必要命題でした。

そこで、1819年に海賊退治に乗り出します。

海賊退治は成功し、1820年、イギリスは、ペルシア湾に面するこの地域の海上勢力と休戦協定を結びます。

それから、イギリスの保護国としての歴史が始まります。

しばらくは、イギリスの保護国でしたが、1968年になると、イギリス側に変化が起こります。

イギリスはエジプトとのスエズ運河の利権をめぐる戦争で疲弊し、1971年までに、スエズ以東からの撤兵を表明します。

このことを受け、イギリスの保護国だった6つの首長国(アブダビ、ドバイ、シャールジャ、アジュマーン、ウンム・アル=カイワイン、フジャイラ)が集合して「1971年12月2日」に「アラブ首長国連邦」を形成しました。

2019年 アラブ首長国連邦建国記念日 photo 2

翌年、1972年にはもう1つの首長国「ラアス・アル=ハイマ」が加入して現在の7首長国による連邦の体制が確立されています。

ロゴデザイン

アラブ首長国連邦の国旗のカラーがベースになっています。

世界各国の「Google」検索URL 一覧】【En

▼ アラブ首長国連邦のGoogleサイト:اليوم الوطني لدولة الإمارات العربية المتحدة
 → https://www.google.ae

→→→ 他の国のロゴを表示させる方法

過去にもアラブ首長国連邦の「建国記念日」のロゴが表示されました。

▼ 2018年 アラブ首長国連邦建国記念日 (2018年12月2日)

▼ 2017年 アラブ首長国連邦建国記念日 (2017年12月2日)

▼ 2016年 アラブ首長国連邦建国記念日 (2016年12月2日)

▼ 2015年 アラブ首長国連邦建国記念日 (2015年12月2日)

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